あるいは、既存の建築を残しながら活性化させるリノベーション。
新築だけが建築ではない。
O市立美術館のように、新旧の魅力を相互に引きだすことは、間違いなく、これからの日本建築界でも重要になっていく。
A藤は「建築という分野が広がり、社会に定着するのは、イタリア的になってきた」ことだという。
確かに、イタリアのマエストロ、K・Sは、新築の物件こそ少ないが、展示のインスタレーションとリノベーションの名手だった。
不況の続くニッポンは建築の危機だと考えられている。
A藤が語るように、逆に建築の守備範囲が広がっていくチャンスだと考えれば、展望は暗くない。
彼自身、震災後の植樹運動や遺児育英資金の立ち上げなど、建築家を超えた活動をすでに展開している。
R・Kも、プラグなどのコンサルティング的な仕事をこなす。
グッチのTなど、ファッション系には建築出身の人物がいる。
最近では、コンピュータ系の業種への展開も多い。
日本の建築学科は「建築」という枠に閉じようとする傾向がある。
だが、そういう時代ではない。
特に「建築が基礎的な教養を学ぶ学問になる」という発言は興味深かった。
建築を専門としなくとも、建築を教養として知っていること。
現代における建築史の存在意義も、とらえなおすことができるのではないか。
つまり、建築学科のための建築史だけではなく、一般教養としての建築史である。
すでに美術史はそうしたポジションを獲得している。
日本の旅行ガイドは、海外のそれに比べて、建築の解説がまったく充実していないが、建築が基礎教養になれば、きっと状況は変わるだろう。
建築界にとって、将来のクライアント予備軍が増えることでもある。
そのうえで建築家に求められていることは何か。
A藤は「頭を自由にしておくこと」と「文化的な刺激を与えること」を挙げている。
第1に、自由な頭というのは、「臨機応変にどこへでも攻めていけるようにしておく」ためだ。
60年代にA藤はK俣史朗や唐十郎らの異分野の人間と交流し、「自由な精神を育むことを教わった」という。
第2に、文化的な刺激というのは、企業のプロジェクトにおいて、そうした建築家の役割を望む施主がいるからである。
また、まわりの環境や意識を変え、地域に文化を根づかせながら、建築を単なる消費財ではなく、社会のストックにするためにも必要なものだ。周囲を味方につける建築である。
フラット35というのもなかなか便利です。
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